大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和44年(う)103号 判決 1971年2月05日

被告人 Y・J(昭二三・一二・七生)

主文

原判決を破棄する。

本件を善通寺簡易裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴つてある善通寺区検察庁検察官事務取扱検事田村進一郎作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  本件の経過

被告人は、昭和二三年一二月七日生れであるところ、未だ少年であつた昭和四三年一一月一七日(成年に達する二〇日前)午後二時一六分頃、香川県大川郡○○町○○×××番地附近道路において、普通貨物自動車を法定最高速度(時速六〇粁)を一三・四粁超過した時速七三・四粁で運転したとの道路交通法六八条違反(罰則一一八条一項三号)の事実(以下本件という)につき、同年一一月二五日高松家庭裁判所丸亀支部に送致され、同支部裁判官は、同年一一月二八日少年法二〇条により、本件を高松地方検察庁丸亀支部検察官に送致する旨の決定をしたこと、右決定にもとづき、善通寺区検察庁検察官事務取扱検察事務官が同年一二月六日本件を善通寺簡易裁判所(以下原裁判所という)に対し公訴を提起し、略式命令を請求したこと、原裁判所は、本件を通常の規定に従い審判をする旨検察官に通知し、公判を開いて審理した結果昭和四四年三月一日、検察官送致を定めた少年法二〇条は、成人に対する交通反則通告制度実施に伴い、成人ならば反則行為に該当する少年の道路交通法違反の罪に関する限り、法の下の平等を定めた憲法一四条に違反することとなり、無効に帰したことになるから、右無効に帰した少年法二〇条にもとづく検察官送致を前提としてなされた本件公訴は、刑訴法三三八条四号にいわゆる「公訴の提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき」に該当するとして、本件公訴を棄却する旨の判決をしたこと、並びに検察官は、右憲法違反についての原裁判所の判断は承服できないとして、原判決に対し控訴を申立てたこと、いずれも記録上明らかである。

二  当裁判所の判断

憲法一四条一項は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的経済的又は社会的関係において、差別されない。」と規定しているけれども、右規定の趣旨は、人格の価値はすべての人間について平等であるから、人種、宗教、男女の性、職業、社会的身分等の差異にもとづいて、或は特権を有し、或は特別に不利益な待遇を与えられてはならぬという大原則を示したものに外ならず、このことは、法が国民の基本的平等の原則の範囲内において、国民各自の年齢、自然的素質、職業、人と人との間の特別の関係等の各事情を考慮して、道徳、正義、合目的性等の要請により、国民がその関係する各個の法律関係において、合理的に異なる取扱を受けることまで禁止する趣旨を包含するものでないことは、最高裁判所判例の示すところである(最高裁判所大法廷昭和二五年一〇月一一日判決、刑集四巻一〇号二〇三七頁以下、同昭和二九年一月二〇日判決、刑集八巻一号五二頁以下各参照)。従つて、二〇歳に満たない者は心身の成熟が未だ十分でないことに鑑み、少年が罪を犯した場合の処分、手続等につき、成人の場合と異なる法律を定めることは、合理的な理由が存するところであり、何ら憲法一四条に違反しないこと多言を要しないところである。

ところで、昭和四二年法律一二六号(昭和四三年七月一日施行)により改正された道路交通法は、いわゆる交通反則通告制度を採用しながら、二〇歳に満たない者を反則者より除外し(同法一二六条一項参照)、右制度を少年に適用しなかつたため(ただし、昭和四五年八月二〇日施行された同年法律八六号により、交通反則通告制度は、少年に対しても適用されるに至つた)、成人ならば反則行為に該当し反則金を納付すれば刑事罰を科せられることのない道路交通法違反行為の中、法定刑に懲役の定めがあるものについては、少年が違反行為をした場合、本件のように少年法二〇条により、家庭裁判所が検察官送致をして刑事処分に付する措置が従前どおり残されたことになるわけである。

そこで、成人に対する交通反則通告制度実施に伴い、少年法二〇条が原判決の指摘する限度において憲法一四条に違反することとなつたか否かにつき考察するに、交通反則通告制度を少年にも適用する是非については、その立法過程において種々論議のあつたことが窺われるところであるが、右制度を少年に適用しなかつた主たる理由は、交通違反を犯す少年についても、保護処分優先を建前とする少年法の精神に則り、違反を犯した原因を除去し、再犯を防止するために、原則として教育的処遇をするのが良策であり、違反の原因を探らないで一律に定額の反則金を納付させて事終れりとする交通反則通告制度は、教育の可能性をひめている少年に対しては適当でないとの点にあつたものと考えられるので(第五五回国会衆議院地方行政委員会議事録三一号五頁以下参照)、昭和四二年法律一二六号による道路交通法の一部改正に際し、交通反則通告制度を少年に適用しなかつたことについては、十分合理的な理由が存していたものといわなければならない。そうだとすれば、同種の道路交通法違反行為(法定刑に懲役が定められている反則行為)をしながら、成人は反則金さえ納付すれば刑事処分に付されることがないのにかかわらず、少年は刑事処分に付される場合があつて、この点のみをとらえれば、一見少年は成人に比して不利益な取扱を受けるかの如き観を呈するけれども(ただし少年の道路交通法違反事件は、家庭裁判所において、審判不開始、不処分、保護観察処分等で終ることが多く、少年法二〇条が適用される場合は、比較的少ない)、右は交通反則通告制度を少年に適用しない限り、刑事処分の途が残されるのも巳むを得ぬところであつて、右適用しないことにつき前述のような合理的理由が存する以上、刑事処分に発展する検察官送致を定めた少年法二〇条の規定が、成人ならば反則行為に該当する場合に限つて、憲法一四条に違反して無効に帰したものとは解せられない。原判決の立論は、少年に対する立法を全体的に把握することなく、刑事処分に発展する検察官送致の点のみにとらわれ過ぎたきらいがあり、到底首肯し難い。

そうだとすれば、本件公訴の提起は、何ら違法でないから、本件公訴を棄却した原判決は、不法に公訴を棄却したものとして、破棄を免れない。

よつて、刑訴法三九七条一項、三七八条二号、三九八条により、原判決を破棄した上、本件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浮田茂男 裁判官 三木光一 奥村正策)

参考 原審判決(善通寺簡裁 昭四三(ろ)六号昭四四・三・一判決)

主文

本件公訴を棄却する。

理由

一 本件公訴事実は、「被告人は、昭和四三年一一月一七日午後二時一六分ごろ、香川県大川郡○○町○○×××番地附近道路において、法定の最高速度六〇キロメートル毎時を一三、四キロメートル毎時を超える七三、四キロメートル毎時の速度で、普通貨物自動車を運転した」とゆうのであつて、証拠によれば以上の事実を認めることができる。

二 しかしながら、右犯行当時被告人は、自動車の運転者であつて、犯行に係る車輌の運転免許を受けていたこと及び過去一年以内に右免許の効力の停止を受けたことがないこと、ならびに酒気も帯びていなかつたし、交通事故も起したものでもないことが証拠上明らかであるから、被告人は、右犯行につき、道路交通法第一二五条二項のいわゆる反則者であるといわなければならない。

三 そして被告人は少年(但し、公訴提起の翌日成年となる)であつて、家庭裁判所から、刑事処分相当として少年法第二〇条による検察官への送致がなされ、この送致に基づいて検察官から、本件公訴の提起があつたことは、記録上明らかである。

四 ところで、道路交通法第一二六条一項は、反則者は、反則金の納付によつて公訴の提起を阻止し、刑罰を免れることのできる、いわゆる交通反則通告制度の少年への適用を排除する。それゆえ、同様の条件のもとに、同様の反則行為が行われ、且つ、情状も同様である場合においても、成年は、行政上の制裁金に止どまる反則金を納付すれば足りるのに、少年は、刑罰(罰金、反則金よりも多額・懲役・道路交通法一二五条一・三項、一一八条一項三号等)に処せられるという結論になる。

五 そこで、成年と少年の年齢による右の差別が、果して憲法第一四条に保障する法の下の平等に違反しないかどうかを検討する。

同条に列挙された事由は例示的なものであつて、必ずしもそれに限るものではなく(最高裁判所判決・昭和三九年五月二七日・第一八巻四号六七六頁)、年齢による差別も、合理的な理由の認められない限り許されないものと解すべきであるところ、右差別の合理的な理由は、何一つ見い出すことができない。

もつとも、少年に対する刑事処分相当性の判断は、訴追機関ではなく少年の保護機関である家庭裁判所に、先議的に委ねられてはいるが、これをもつて、右差別の合理性を理由ずける根拠とするには足りない。けだし、少年の刑事処分相当性の判断が、その保護機関によつてなされるとしても、その判断によつて科せられる刑罰も刑罰であることには変りがなく、その目的が、応報にありとすれば正しく不合理であるし、その目的を教育に求め、あるいは少年を対象とする一般予防作用に求めるとしても、少年の刑罰に対する感銘力、あるいは規範意識の覚醒力が、成年のそれに比し、優れるとは考えられない、すなわち、少年の本質による刑罰の特別な効果は期待できないからである。

ちなみに、少年法は、少年を、できるだけ刑罰から守るべきことを要請する。

すると、結局右の差別は、憲法の保障する法の平等に違反し、その差別を内容とする法条は、無効であることを免れない。

六 そこで、右無効に帰すべき法条を探究する。

無効の疑いがあるとして先ず拾い上げることのできる法条は、交通反則通告制度の少年への適用を排除した道路交通法第一二六条一項の当該部分と、少年の刑事処分へ発展する少年法第二〇条であるが、無効に帰した場合の、それぞれの結果を比較検討してみるに、前者が無効であるとすると、少年にも等しく交道反則通告制度が適用されるが、反則金納付についての経済的能力の差異によつて、成年と少年との間に、刑事処分上の不公平が生じる。この不公平は、直ちに憲法の許さないものでないにしても、平等保障の原理の要請する理想を、かなり傷つけるものとゆうべきであるに対し、後者が無効であるとすると、交通反則通告制度の成年への適用に代え、少年には、専ら少年法の保安処分に関する規定が適用されるわけであるが、この処遇は、反則事件の犯罪的軽微性と少年の本質に照らし、少年に対する保安処分の価値が、成年の反則金納付についての価値に、優るとも劣らず、憲法の保障する実質的平等にかない、且つ、平等保障の原理の要請する理想に、かなり添うものと考える。

ところで、およそ、法の下の平等を害する故に無効となるべき法条は、その無効によつて、憲法の保障する実質的平等が実現され、且つ、平等保障の原理の要請する理想に最も多く奉仕する法条であると解すべきであるから、結局、少年の刑事処分に発展する検察官への送致を定めた少年法第二〇条が反則者に関する限度において無効に帰すると解するを相当と考える。

七 そうすると、本件公訴は、右無効に帰した少年法第二〇条に基く検察官への送致を前提としてなされたものであることは、先にみたとおりであるから、公訴提起の手続が、その規定に違反したため無効であるときに該当し、刑事訴訟法第三三八条四号により棄却すべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例